京都北部伊根町の⾈屋

丹後半島の東に位置する伊根湾には、舟屋が湾を囲むように建ち並んでいる。日本で最も海に近い生活がここにはある。
舟屋とは、水際ぎりぎりに切り妻を海へ向け建ち1階が船のガレージ、2階は居室とゆう珍しい建物です。伊根湾の⼊り⼝には天然の防波堤のように「青島」が浮かび⾈屋と人々の⽣活を守ってくれているようである。
※平成17年に国の重要的伝統建造物保存地区の選定を受けた。

【 面積、範囲 】約310.2ha 東西に約2,650m 南北に約1,700m
伊根湾と日本海の接するほぼ中ほどに、自然の築いた防波堤のように緑濃い青島が浮かんでおり、伊根湾の入り口を二分している。
しかも、伊根湾の三方を囲んでいる急傾斜の硬い岩山は、そのまま海に落ちて深い淵をつくっており、波を起こしにくい地勢をけいせいしている。
また、伊根湾においては潮の干満差は、極めて小さく(年間50cm程度)、静穏度の高い天然の良港といえる。
およそ350世帯で構成される伊根浦の集落は、延長約5kmにおよぶ伊根湾の海岸沿いに連続して細長く形成されている。
伊根浦を特徴付けるのは、海岸沿いに連続する舟屋郡であるが、明治13年(1880)から昭和25年(1950)までの鰤景気によって、その多くが瓦葺二階建に建て替えられた。
また昭和6年(1931)から約10年の歳月を費やして行われて府道伊根港線の拡張工事は、総延長約5kmにわたって幅員4mの道路を舟屋と母屋との間に敷設するものであり、これによってそれまで母屋と接近して建っていた舟屋や土蔵が海側へと移設され、多くの舟屋が二階建てに変わっていった。
しかしながら、その規模や形態については伝統が維持され続けてきた。 それ以後は大きな変化もなく、同形態・同規模で連続性のある舟屋郡の景観が継承され、現在でも230棟の舟屋が伊根湾の海岸沿いに連続して建ち並び、歴史的風致を形成している。
舟屋や母屋等からなる江戸末期から昭和初期にかけての伊根浦の町並みは、伊根湾や青島及びこれらを囲む漁付林とゆう周辺環境とあいまって独特の歴史的景観を今日に伝えている。

歴史ある漁師のまち

伊根湾は、江⼾、大正時代には、湾内で鰤や鯨が取れた⼤変恵まれた漁場であった。 そのことから伊根の漁師を袴漁師や殿様漁師と呼ばれたと言われている。 現在は船の大型化や漁業改⾰により湾外での定置網、釣り、刺し網などの漁が主体で穏やかな湾内では、魚類や岩牡蠣の養殖が⾏われている

豊富な漁場でもあった伊根湾、古くは湾内での鰤漁が盛んであった。
また湾内に紛れ込んだ鯨を町の漁師が総出で追い込む鯨漁も大正の初期まで行われていた。
当時は、町のほとんどが漁師で生計をたてており大事な船を収納する船のガレージとして江戸の中期ごろから舟屋は存在していたと言われている。
当時の漁船はエンジンなどは無く小型の木造船。船の劣化を防ぐためにも毎日船を舟屋の中に引き上げる必要があったのである。
舟屋は水際いっぱいに建ち一階が船の収納、二階は漁具の保管庫として利用されてきた。
舟屋の一階の柱は比較的水に強い椎の木が使用されており二階の梁には粘りがある地元の松の木が使用されている。
古くは茅葺の舟屋だったものが生活スタイルの変化、船の大型化により現在のような瓦葺の二階建てになったのは昭和初期からである。 現在でも船の収納、漁具の保管庫また二階は住居としても伊根の住民にとって舟屋は無くてはならないものとして代々大切に受け継がれている。
伊根の舟屋は漁村では全国で初めて国の重要的伝統建造物保存地区の選定を受けた。

伊根の新鮮な⾷材

漁師町の伊根は、四季折々の新鮮な⿂介が⽔揚げされます。冬の伊根鰤に初夏の岩牡蠣は伊根の逸品です。丹後コシヒカリに京野菜など海だけでなく⾃然豊かな伊根には魅⼒ある⾷材がたくさんあります。是⾮とも伊根のお⾷事をお楽しみください。
※当宿は素泊まりのため⾷事提供はありません。

伊根町のお食事処はこちら > 伊根町観光協会 お食事処案内へ

伊根町の観光

伊根町は特別な観光施設があるわけではありませんが⾒どころや絶景スポットがたくさんございます。 歴史ある伊根の⾈屋と漁村で暮らす⼈々の⽇常は旅⼈に素敵な出会いと感動をもたらせてくれます。

伊根町の観光や⾒どころ体験などはこちらから! > 伊根町観光協会公式サイトへ

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